分散型金融(DeFi)の在り方を巡り、イーサリアム(Ethreum)コミュニティで議論が展開された。2月9日にXユーザーのシーノード(c-node、@colludingnode)氏が「USDC利回り型DeFiはDeFiではない」と主張したXでの投稿に対し、イーサリアム共同創設者のヴィタリック・ブテリン(Vitalik Buterin)氏が応答した。
シーノードは、DeFiを使う動機は「暗号資産のロングなどのエクスポージャーを持ちつつ、取引所や銀行に預けずセルフカストディのまま金融サービスにアクセスしたい場合に限られる」とする見方を示し、それ以外の利用形態は「cargo cult(表層的な模倣)」に近いと主張した。
その文脈から同氏は、「USDCをレンディング等に預けて利回りを得る」タイプはDeFiではない、という趣旨を付言している。
これに対しブテリン氏は、アルゴリズム型ステーブルコインは「genuine DeFi(真のDeFi)」に当たり得るとの見解を示し、方向性として「ETH担保型(easy mode)」と「RWA担保型(hard mode)」の2つのケースを提示した。
一方で、USDCをレンディングプロトコル「アーベ(Aave)」に預けて利回りを得るような利用形態については、自身が提示したいずれのカテゴリにも該当しないと述べ、結果としてシーノードの問題意識と重なる部分があることを同氏は示した。
もっとも、この議論で「DeFi」という言葉が、一般的に用いられている定義や認識とは異なる意味合いで使われている点に注意が必要だ。一般的にDeFiという言葉は、研究・実務の文脈ではDeFiは、中央組織に依存せずに動くノンカストディアルな金融エコシステムとして説明されることが多い。
一方、今回のやり取りでは、DeFiという言葉が「何のためにDeFiを使うのか」という価値判断や歴史観を含んだ概念として扱われている。その結果、この議論は「『USDC』利回りの是非」だけでなく、前提となる「DeFiとは何か」という定義そのものが拡張された概念として進行する形となっている。
今回のやり取りは、Web3を巡る議論において、技術的な機能分類と思想的な価値判断が混在しやすいことを示した一例といえる。今後、DeFiやステーブルコインを巡る設計・規制・実装の議論を進めるうえでは、用語の前提をどこに置くのかが改めて問われそうだ。
画像:大津賀新也(あたらしい経済編集部)

