植田総裁の講演はわずか15分だった。だが、日本のオンチェーン金融の将来を考えるうえで、極めて重要なメッセージが含まれていた。
3日、「FIN/SUM 2026」で日銀・植田総裁は、AIやブロックチェーンなどの新技術が金融システムにもたらす変化と、その中で中央銀行が果たす役割について語った。
概要は昨日、NADA NEWSでも伝えた通りだ。他のメディアも、主に植田総裁が、日銀当座預金をブロックチェーン上の決済に活用する実験に言及した点に注目して伝えていた。
だが講演を聞きながら、この15分には重大なメッセージが含まれている気がしていた。講演直後は、その意味を十分に消化し切れなかったが、ひと晩を経て、その意味を捉え直してみた。
日銀当座預金とブロックチェーン
日銀当座預金とは、金融機関が日本銀行に持つ預金口座であり、銀行間の決済はこの口座間で行われる。日本の金融システムでは、最終的な決済は中央銀行マネーで行われる仕組みになっている。
ステーブルコインやトークン化預金の登場、資産のトークン化の進展によって、金融取引がブロックチェーン上で行われる「オンチェーン金融」の可能性が広がりつつある。例えば、セキュリティ・トークン(ST、デジタル証券)取引でのステーブルコイン活用などが検討されている。
ユーザーと証券会社や銀行など金融機関の取引は、ステーブルコインやトークン化預金が利用できれば効率化が進むだろう。だが、それだけでは不十分。金融機関にとっては、現在、日銀当座預金を通じて行われている金融機関間の決済までがブロックチェーンに乗ってこなければ、つまりオンチェーン化しなければ、最終決済は既存システムのままになり、ブロックチェーンのメリットを十分に活かすことはできない。
ステーブルコイン、トークン化預金は、ユースケースの創出が大きなテーマではあるが、その一方で、日銀がトークン化に対応するのかどうか=中央銀行マネーがオンチェーン金融とつながるのか、が極めて大きな課題になっていた。
植田総裁の講演は、その課題に対する極めてポジティブな回答になったと言えるだろう。
さらに植田総裁は講演の中で、中央銀行マネーとブロックチェーンの接続方法として、
● ブロックチェーン上の資産取引を中央銀行マネーで決済する仕組み
● 中央銀行マネーそのもののトークン化
● 日本銀行の既存システムとブロックチェーンの接続
といった選択肢にも言及した。
これは、世界の中央銀行が現在議論している「DLT(分散型台帳技術)と中央銀行マネーの統合」というテーマとも重なる。
植田総裁の講演は、ステーブルコイン、あるいはトークン化預金が活用される新たな金融エコシステムの中で、日本銀行が果たす役割を示したものでもあった。
「信頼のアンカー」としての中央銀行マネー
また、植田総裁は講演で、「信頼のアンカー」という言葉を何度も使っていた。
現在の金融システムでは、
●現金(中央銀行マネー)
●民間銀行預金
●キャッシュレス決済
などさまざまな支払手段が存在する。それでも価値の一体性が保たれているのは、最終的にすべてが中央銀行マネーで交換可能だからだ。
植田総裁は、新しい金融システムでも同様に、複数のブロックチェーン、さまざまなトークン化資産、新しい決済手段が併存する中で、中央銀行マネーが価値の共通基準として機能する必要があると説明した。
極端な言い方をすれば、さまざまな価値があるなかで、中央銀行マネーは「相互運用性」を維持するものとして機能することになる。
その意味で、オンチェーン金融も最終的には、中央銀行マネーを基準とする金融システムの上に成立していると言える。
こうした考え方は、BIS(国際決済銀行)が提唱している「Unified Ledger(統合台帳)」構想とも通じる。
Unified Ledgerでは
●トークン化された金融資産
●商業銀行マネー
●中央銀行マネー
を同一の基盤上で扱う金融インフラが想定されている。その基盤上で、スマートコントラクトを使うことで、資産の移転、決済、担保管理といった金融取引を自動化することが可能になる。
オンチェーン金融との接点
日本ではすでに、セキュリティ・トークン(ST、デジタル証券)やトークン化資産の発行基盤の整備が進んでいる。また3メガバンクがステーブルコインの共同発行を検討し、SBIは2026年度第1四半期を目標にしたステーブルコイン発行を発表した。トークン化預金の活用も検討されている。
そして、金融のトークン化、オンチェーン金融を実現する最後のピースは、日銀当座預金がこうした仕組みとどう接続されるか、という点だ。日銀は、中央銀行デジタル通貨(CBDC)の準備も進めており、日銀当座預金のトークン化は、実は金融機関向けCBDC、いわゆるホールセールCBDCの整備と言える。
FIN/SUM 2026では、金融庁は、AIやブロックチェーンの実装を促す姿勢を示した。それに対して植田総裁は、資産のトークン化=オンチェーン金融への対応姿勢を静かに、だが確かに表明した。
語り口は静かだった。だが、今年のFIN/SUMで最も重要なメッセージは、植田総裁のこの15分の講演だったのかもしれない。
|文・写真:増田隆幸

